思案のしどころ
鐘が鳴ったのは2020年10月27日朝方でした。
まあー、ウチの母ぁチャンこんなに突然死んでしまうとは考えてもいませんでしたから、
この一件「さて、どうしようか・・・」・・・と、なりますよね。
〜で、相談した弁護士さんからは「今後何やるにしても診断書に対しては、医者の意見書が無ければ役所相手に戦えないよ!」と、冷たくアドバイスを頂きました。
「意見書とか言われたって、お医者さんとか高尚な人種との関わりなんか無いし・・・」
病院の対応
おおよそ先生と呼ばれる人に何かを相談 しなければならなくなった時、知己や縁故の無い人は「どうしたらいいんだろう」問題に直面します。・・・この問題については、またの日に特集記事にしたいと思います。
〜で、次回通院予約の入っていた医師に、そのまんま相談してみる事にしました。ちなみにこの病院(国立)は、担当医が毎年3月末で交代するみたいで、診断書を作成した時の医師とは変わっていました。
参考までに、新しく代わった医師は大変良く話を聞いてくれる先生で、診察の様子を見ていても感心させられる方でした。
〜で、その担当医には、「自分の確認できる範囲内で、意見書の作成をしましょう」と請け合ってもらいました。
ですが、案の定、後日病院の事務員から電話がかかってきて、「医長から、1か所の訂正は認めるが、その外の診断内容の変更は認められない」などと言う伝言ゲームがスッたモンだと始ってしまいました。
〜で、私の常套手段となってしまう質問状での攻勢を期せずして発明してしまいました。
反論書作成のために都合したパソコンが功を奏して相手を黙らせてしまうのかも知れませんが、セットで新発見したe内容証明という画期的かつ究極に難解で使い勝手の悪い手法を駆使して、世間からインテリと認められている人たちと闘った軌跡の書類が次にあります。
〜そして2週間後、そろそ次の手を打たねばなるまいかと思っていた矢先、
ちょっと時間はかかったものの
かかって来ましたよ電話が〜・・・。そして、その成果がこれです。
徒手空拳で挑んだ割には上首尾であったのでは無いかと自画自賛しています。
意気揚々と弁護士さんの元へ
一度相談に乗ってもらった弁護士さんに、戦況報告と次の手の指南を乞いに向かいました。
県(審査庁)のあまりもの審査の遅さから、最初の相談の時すでに不服審査結果の無駄を考えていました。相談の要旨は、審査結果が出た後の対処方法です。
審査結果の容認・棄却にかかわらず、この時点で手帳の有効期間残り半年ですから、私としては行政不服審査制度自体の在り方自体が納得できません。
私の見通しでは、どんなにいい加減であったとしても近々出るであろう審査結果を待って、手に入れた意見書(訂正診断書)を、損害賠償か行政訴訟を起こす際の切り札にした方が効果的なのでは無いかと見込んでいました。
先生曰く、「私ならそれサッサと出して、一緒に審理してもらうけどね。」と、クールなご意見でした。
ここでこれまでの経過をおさらい
| 2019 8/13 | 手帳の申請 |
| ’19 10/8 | 手帳を受領 |
| 12/25 | 行政不服審査申請書発送 |
| ’20 2/19 | 審理員指名通知書着 |
| 7/29 | 弁明書などの書類着 |
| 8/20 | 反論書発送 |
| 10/27 | 母死亡 |
| 11/10 | 意見書作成依頼 |
| ’21 2/4 | 意見書着 |
| 2/26 | 手帳返納 |
次は、行政不服審査の経過の中の項目「審理員とは?」に続きます。迷子にならないでくださいね。
